REPORT "Backstage Pass to SCARTS / ONLINE"

2021年9月4日(土)、SCARTS × SIAFラボ「アートエンジニアリングスクール」のプログラムである「Backstage Pass(バックステージパス)」が開催されました。
レポーターは、堀内まゆみさんです。

3回目となる今回は、SCARTSで開催される2つの展覧会『遠い誰か、ことのありか』と『++A&T(プラプラット) 05 クワクボリョウタ×SCARTS×札幌の中高生たち「キョウドウ体/syn体」ワークショップ成果展』の裏側を見学。札幌での展覧会ということもあって、当初はバックステージパス初となる実地での開催が予定されていましたが、8月27日(金)、北海道において発令された緊急事態宣言の影響により、急遽オンラインのみでの見学となりました。展覧会自体もこの日にオープンとなる予定だったのですが、開催が見合わせに。開催前の展覧会を見学できる、貴重な機会となりました。*1
*1 2021年10月1日(金)緊急事態宣言が解除され、それに伴い10月1日(金)〜10月10日(日)の開催期間となった。

SIAFラボメンバーの小町谷圭さんと平川紀道さんがオンラインで進行を行い、展覧会の会場からはSCARTSテクニカルディレクターの岩田拓朗さんが案内役を務めました。また、SIAFラボメンバーの石田勝也さんがカメラマンとして参加し、船戸大輔さんも現地からレポートを行いました。

大掛かりな装置たちが自律的に動く

本展覧会のキュレーター、SCARTSの樋泉綾子さんによると、今回展示している4人の作家の作品は、どれも全て新作とのことでした。まずはSCARTS 1F「SCARTSコート」という会場に展示されている3つの作品から見学開始です。
すぐ目に入ったのは、やんツーさんによる大掛かりな作品《たたない塔》。高所作業車、SCARTSコートの可動壁に下げられた「北海道百年記念塔」*2 の逆さまの絵、電動ウインチに繋がった巨大鋼材。本来、人が手動で動かす機器ばかりですが、コントローラーにサーボモーターを使ったボタンを取り付けることで、あたかも機械たちが主体的に動いているかのように制御しているとのこと。
やんツーさん「技術的には全然大したことをしていないです。全て有線で繋いでいますし。これはリモート時代だからこそ、安心安全の有線というコンセプトですね。また機械の内部をハッキングするのではなくて、既製品の状態をキープしたまま外側から手を加えることで動かしています。」
これだけ巨大な鋼材が吊り下げられている光景は、ぱっと見ると仰々しく、確かにちょっと怖いなぁという印象を持ちます。だからこそ、安全面を担保することも作品の重要な一部であることがよくわかり、表現面と実用面、対照的なテクノロジーの使い方と、その使い方の哲学の一端に触れることができました。
*2 北海道百年記念塔・・・1970年に北海道百年記念事業の一環として、札幌市厚別区の野幌森林公園に建てられた塔。現在老朽化が懸念され、解体の方針が決定されている。

ネット上の「情報の解像度」を考察する

次の大橋鉄郎さんの作品は《モデルルーム》というタイトルで、一見するとインテリアショップのような空間が2つ設置されています。しかしよく見るとこれらは、全て紙で再現された造形物。家具自体は紙で立体的に作られていますが、その他の部分は三次元空間を平面にプリントし、錯視によって立体的に見えるよう配置されています。実物を見ることを一度も経ずに、ECサイトの商品画像や仕様書を元に情報を割り出し、制作したものです。大橋さんが設営のプロセスについて説明してくださいました。
大橋さん「設営期間は3日間。初日は土台の確認と、制作スタジオで作ったパーツを仮置きしてバランスを調整するところから始めました。プリントサイズが大きいので、どんなに計算してデータを作っても、実際に印刷する際に伸びてしまうので・・・。展示の土台部分はSCARTSで作ってもらったのですが、スチレンボードを早めに作って、それを渡した方が確実だと思ったので、その方法で、台座と印刷物を現地で調整する方法を取りました。」
画面を通じて見ていると、最初はなかなか、錯視の仕掛けには気づくことができませんでした。もともとインターネット上にあった一枚絵と、今回のバックステージパスの画面越しで見る印象、そして、現地で見るのとではそれぞれ全く違った印象がありそうだなと思います。実際にSCARTSへ見に行く時が楽しみです。

「見えない壁」のある光景をつくるアイデア

SCARTSコート最後の作品は、岡碧幸さんの《私たちは壁をつくることができる》。「すごく近くにいるのに、三者が決して触れ合わないシステムのようなものを作りました。」と岡さん。投影されている映像には、VRゴーグルでヴァーチャルな “見えない壁“ を見ている女性、床に噴射された害虫対策で使われる「木酢液」を避けて動くカタツムリ、赤外線を発する「ヴァーチャルウォール」に反応して動きを止めるロボット掃除機が映し出されています。岡さんが制作の着想とプロセスについて説明してくださいました。
岡さん「人の技術と、人じゃないものへの技術がどこで使われているのかを考え、調査し、ロボット掃除機と害虫駆除に行き着きました。木酢液を噴射する車は、自作アルコールスプレーの動画を参考にして作りました。ヴァーチャルウォールも、自作している人が多くて、その動画を参考に作っています。VRはOculus のゴーグルを使っています。VRの中の映像を作るのは簡単でしたが、それを実空間の映像と同期させるのが難しくて、結局VRゴーグルにカメラを取り付けて撮影する方法を採りました。」
ふと、はじめは「どうしてカタツムリなんだろう?」と思いましたが、テクノロジーのある光景をつくる時、そこにいるのは人間と機械だけではいけない、という岡さんのお話を聞いて納得することができました。私たちはつい人間だけの目線で物事を判断してしまいそうになるけれど、あるものにとっては「壁」でないものも違うものにとっては「壁」になるということを通じて、他者に対する視野が広がるきっかけになったと思います。

行き来するコミュニケーションを体感する

そしてここからは、SCARTSの2F、クワクボリョウタさんの作品が設置されている「SCARTSスタジオ」へと移動しました。
最初の作品は、クワクボさんとNTTコミュニケーション科学基礎研究所の渡邊淳司さんとが対話を行い、そのことを通じて制作されたものです。人と人とのやりとりを、押す・押し返すという手の感触によって体感する《おしくら問答》という本作品。船戸さんが、実際に作品を体験して見せてくれました。
「オンラインの世界だと、情報に対して、賛成・反対を示すといったようなやりとりになりがちだけれど、そうではなく行ったり来たりすることに、人間のコミュニケーションの意味があると思う。」とクワクボさん。そうしたナラティブ、時間、人同士の間に生じる物語のようなものを感じさせるために、体験者と装置との触れ合いの長さで押し返しが変化していくようなアルゴリズムを組んでいるそうです。
そして今回はなんと、装置の中の機構を特別に見せていただきました!装置が押し返してくる時の“ぬるっとした動き” は KeiganMotor*3 という精度の高いブラシレスモーターによって再現されています。モーターの種類や特性についても聞くことができて、とても貴重なお時間になったと思います。
*3 KeiganMotorに関しては、次のURLを参照。株式会社Keigan「KeiganMotorシリーズ」https://keigan-motor.com

AIと協調・協働して文章をつくる

さらに奥の空間には、《じぶんたぶんにぶんふかぶん》という、クワクボさんのもう一つの作品が設置されています。テーブル上の円盤に指をのせると、AIがおすすめするワードが次々と現れ、それをたどっていくことで一連の文字列を作ることができます。体験者がコントロールしようと指に力を入れると文字の選択が難しくなってしまいますが、力を抜きAIに任せるとそれなりに意味のある文章になります。かつてクワクボさんの指導する情報科学芸術大学院大学[IAMAS]の学生だった北詰和徳さんと、AIと人間が協調・協働する時 “こっくりさん” みたいな仕組みがあり得るんじゃないかと話したことがきっかけとなっているそう。リカレントニュアルネットワーク(RNN)とマルコフ連鎖を混ぜた今回のプログラミングも、北詰さんが担当しています。
出てくる文字列がうまく意味のある文章になるかどうかは、人によって全然異なる傾向が出そうなだと思いました。お話を聞いてプログラミングだとはわかりつつも、実際にやってみる時には、まるで自分自身の自意識がAIに試されているようで、なんだかちょっと、ドキドキしてしまうかもしれませんね・・・。
ここでは平川さんと小町谷さんの質問から話が広がり、クワクボさん自身の最近の制作傾向の話題となりました。今回の作品もそうですが、現在は一人で作品を作るのではなく、コラボレーターとの協働がほとんどだそう。《おしくら問答》においても、導入としてのアニメーション映像はパーフェクトロンの山口レイコさんが担当し、機構設計はIAMASの学生だった中路景暁さんが行っています。

リモート時代の、共同体の身体性

見学の最後は、同じく2Fの「SCARTSモールC」に設営されている、もう一つの展覧会『++A&T 05 クワクボリョウタ×SCARTS×札幌の中高生たち「キョウドウ体/syn体」ワークショップ成果展』へと向かいます。
ワークショップ及び展示の趣旨について、クワクボさんが説明してくださいました。昔からある町内の “お神輿” をモデルとして、お互いが全く触れ合わずに1つの「syn体」を動かすということが、このワークショップの構想のもととなっているそうです。
会場にはワークショップの様子の映像と、実物の「syn体」が4体展示してあります。参加者の片腕に取り付けたセンサーで腕の動きをセンシングして、「syn体」の足となるロボットアームを1人1本ずつリモートで操作し、4人で協力しながら「歩くこと」に挑戦していました。
「重要なのは、それぞれのチームが、それぞれどういう関係性で「syn体」を動かそうとしているのかということ。」とクワクボさん。「スポーツのように、一番速く走らせるためにどうするかといったような、最適化を目指すのではなく、それ以前の、”とにかく歩きたい” というところを、4人でどうにかこうにかやろうとする。その身体性は、スポーツで培う身体性とはどこか違うところがあるのかなと思う。」とコメントしていました。

まとめ

最後に、事前に参加者から寄せられた質問に対し、4人の作家が答えてくれました。
質問「テクノロジーにより、アートの考えが広がったり深まったりしたこと、また、アートにより新たなテクノロジーが生まれたこと、そういった間のことを、どう考えますか?」
クワクボさん「《おしくら問答》の制作過程で、コラボレーター渡邊さんとの対談を通じて思ったのは、「態度」というものは、デザインされている内は「態度」にならないということでした。以前、授業でスプレッドシートを使った際、学生たちがその欄外のセルで会話を始めて、他のみんながそこに集まってきた時に彼らの「態度」が見えたと思ったけれど、でもじゃあこの部分をツールにしたら、果たして人の振る舞いは見えてくるのか? というジレンマがありますね。」
やんツーさん「テクノロジーは表現を飛躍させてくれるし、便利なもの。しかし最近ではテクノロジーの裏側に政治性や他者の思惑が透けて見えるようにもなり、危ういなと思うことも多くなりました。それでも自分は表現にテクノロジーを使っていけるのかということを考えつつ、やっていこうと思います。」
大橋さん「作りたいものがあった時、ソフトを使えば、どんどん効率が良くなっていくし、作品の意図が伝わりやすくなっていく。しかし、自分の作品は、作品を作る行為自体が、常に自分にとって原点回帰しているみたいなところがあるので、そういう問答は常に内包しているような気がしています。」
岡さん「今回の作品はエンジニアリングの部分も多かったけれど、テクノロジーってケミストリー的なものや、バイオロジー的なテクノロジーも日常生活にはたくさんあって。そこからインスパイアされたアートは日常に食い込みやすいんじゃないかなと思っています。」

今回のバックステージパスには、展覧会の設営を行なったSCARTSのテクニカルスタッフである山田大揮さん、平戸理子さんもいらしてくれました。また、やんツーさんの作品のテクニカルサポートを行なった稲福孝信さん(株式会社HAUS/プログラマー、テクニカルディレクター)もオンラインで参加してくださっていて、最後に制作の裏側についてお話を聞くことができました。《たたない塔》の制作では、鋼材の安全装置のプログラミングと、鋼材がドローイングを行う動きのデザインを稲福さんが担当されたそうです。安全装置は、先ほどやんツーさんも仰っていた通り、とにかく安心安全を第一にして、シンプルなプログラムを書くことを最終的には心がけたそう。こうして、作品の土台の部分を支える、テクニカルのみなさんの一面も見せていただくことができました。

文:堀内まゆみ

Backstage Pass to SCARTS / ONLINE ダイジェストも公開しています。
札幌開催ということで、特別に映像を制作しました。SIAFラボ YouTube Channelで公開中。
https://youtu.be/VkeX6XijFy0