REPORT "Backstage Pass to YCAM / ONLINE"

2021年4月4日(日)、SCARTS x SIAFラボ アートエンジニアリングスクールのプログラムのひとつである、制作の裏側/バックステージを見学する「Backstage Pass(バックステージパス)」が開催されました。
レポーターは、SIAF部に所属している行天フキコさんです。

2回目となる今回は、山口県山口市にある、山口情報芸術センター・通称YCAM(ワイカム)にオンラインで訪問。現地から、施設の特徴や現在開催中の展示会場の裏側などについて、ゲスト講師の解説を交えて見学していきました。メディア・テクノロジーを軸に幅広いアプローチでさまざまな表現活動を行うYCAMの様子を、レポートでお伝えします!

SIAFラボメンバー 小町谷さんのコメント
「YCAMは、SIAF2014において《コロガル公園 in ネイチャー》と《フォレスト・シンフォニー in モエレ沼》を出展するなど、SIAFとも深い関わりがあります。」

ゲスト講師は、会田大也さん(アーティスティック・ディレクター)と、伊藤隆之さん(R&Dディレクター)のお二人です。今回のオンライン見学では、4月3日から展示が始まったホー・ツーニェンの新作インスタレーションヴォイス・オブ・ヴォイド — 虚無の声の展示を通して、YCAMのアートセンターとしての機能や見どころを生解説&体験デモンストレーション付きでご案内していただきました。

まずは展覧会を見学しよう!

YCAM見学は、展示会場の入口からスタートです。
現在YCAMでは、シンガポールを拠点に活躍するアーティスト、ホー・ツーニェン氏による新作インスタレーションを発表中で、作品の解説を交えながら、インスタレーションの世界を表現する技術の裏側を探検していきます。

作品の概要について、担当キュレーターの吉﨑和彦さんから説明していただきました。
「今回ホー・ツーニェンが発表した新作は、1930〜40年代、日本を含め世界が戦争になだれ込む時代の中で京都学派にまつわることばを、アニメーションの技術を用いて表現したものです。アニメーションは日本でもとても親しみがあるものですが、戦時中にはプロパガンダ(政治的意図を持つ「宣伝」のこと)としても利用されてきた歴史があります。ホー・ツーニェンは資料の丹念なリサーチと分析に基づく制作を行う作家で、今回も京都学派にまつわる様々な資料を分析し緻密に作品へ練り込んでいます。と同時に日本のアニメに親しんで育ってきた背景もあり、アニメの持つ魅力やメッセージ性が、時に子どもを含む大衆に強い影響を与える事実を踏まえて、今回の表現の中に組み込みました。展示会場では、現在は埋もれてしまっているアニメーションが担ってきた歴史的役割にも触れることができると思います。」

YCAMの最新技術が集まる展示会場であるスタジオAは、舞台公演のシアターとしても、インスタレーションの展示室としても使えるような設計がなされており、今回の展示にあたり、ひとつの会場を大きく4つの展示空間に分けて使用しています。それぞれに「茶室」「監獄」「空」「座禅室」と名前が付けられ、アニメーションの画風だけでなく、映像の投影方法が工夫されており、鑑賞方法も部屋ごとに異なるようでした。最後の「座禅室」はVRを用いた体験が用意されていて、他の「茶室」「監獄」「空」の3つの部屋を行き来できる仕掛けが用意されているとか。
早速、会場の中に進みます。

2枚のスクリーンと重なり合う囁き声で体験する「茶室」

映画館を思わせる階段席の前にスクリーンが設置され、一見、座って映像を鑑賞する場所のようですが、2枚に重ねられたスクリーンには、それぞれ空間と人物を分けたアニメーション映像と字幕が投影されています。音声も、手前と奥それぞれ別のセリフが付けられ、音声と映像が異なるスクリーンの手前側と奥側を行き来して、それぞれの映像を観たり、重なった映像を観たり、複雑な鑑賞スタイルが求められているようです。流されている音声は囁き声で、鑑賞者の注意を引きつけます。

「茶室」で投影されている場面は、「京都学派四天王」と呼ばれた西谷啓治(1900〜1990)、高坂正顕(1900〜1969)、高山岩男(1905〜1993)、鈴木成高(1907〜1988)によって、真珠湾攻撃の直前の1941年11月末に開催された座談会の様子をツーニェンの立場から解説しています。

2人の京都学派を背中合わせの映像で語る「監獄」

次に鑑賞者に見えてくるのは「監獄」の空間です。空間を中心で仕切るようにスクリーンが設けられ、手前側と奥側では別の映像が投影されています。この映像で語られているのは、京都学派の中でも左派とされる三木清(1897〜1945)と戸坂潤(1900〜1945)の思想と、投獄されて命を落とすまでの物語です。
囁き声が錯綜した音の響きや、会場の天井にある昇降式グリッドトラスを下げることにより上からの圧迫を感じる展示空間が、その重々しく暗い影が迫る時代の雰囲気を表すかのようです。

1つのストーリーを2つの視点から描いた「空」

ここは、空間の手前と奥の壁に沿ってスクリーンが設けられていて、振り返りながら一つの音声を共有する2種類の映像を鑑賞する展示スタイルになっています。
京都学派・田邊元(1885〜1962)が当時、学徒動員される学生に説いた「死生」という演説についての語りが流れる中で、スクリーンに現れるのは、現代のアニメでよく見るようなロボットの映像。くすんだ濃緑色のボディに日の丸らしき円形のモチーフが付けられた無数のロボット達が空へ飛んでいく姿は、帰ってくることのない戦闘機のようにも、戦地に赴く兵士のようにも見えます。
ここまでの映像の長さはいずれも7分45秒。セリフはところどころ重なりつつも枝分かれしたりしながら複雑に交錯します。

ここに来るまでの3つの部屋を行き来する「座禅室」

4つ目の部屋は、畳が敷かれた空間で、鑑賞者はVRゴーグルを装着して作品を体感します。
ここでの映像は、鑑賞者の姿勢によって見えるものが違ったり、動作によって映像や音声が切り替わったりする仕掛けが用意されているようで、自分の動きや視線と作品の世界がリンクして、あたかも自分が京都学派四天王の対談シーンに同席しているような感覚を体験することができます。

今回の作品が展開する複雑な世界観を表現したYCAM。技術スタッフの裏話を、大脇理智さん(映像エンジニア/メディアトゥルグ)と中上淳二さん(音響エンジニア)がお話ししてくれました。

「裏側の技術的な部分では、VR機器の選定に苦戦したことが印象に残っています。ベルトの装着が大変だとか、有線にするか無線にするか、電源はどうするか、など、直前まで悩みました。装着に関しては別のヘッドフォン機器を無理やりくっつけることで解消できたし、映像は無線でストリーミング再生ができることが分かって、現在は4台同時に動かすことが可能になっています。システムや機材は日々新しいものが出てくるので、どのタイミングで仕様を固めるかいつも悩むところです。」
「技術と表現を組み合わせて、納期やコストなど現実的な解として作品を実現化していっているところが、YCAMがアーティストに信頼されている理由だと思う」と会田さんからもコメント。
アーティストのYCAMへの信頼は技術力だけではないんですね。

SIAFラボメンバー 船戸さんのコメント
「SIAFラボでも、これまでSIAF2014やSIAF2017をはじめとした作品のインストールに立ち合い、期間中メンテナンスをしていく中で、展示期間中のメンテナンスのしやすさの重要性や、作品を作るうえで最新の技術を選定するのではなく、あくまでも作品のテーマ性に沿ってどの技術や表現技法が最適かなどを判断していく必要があり、そういった点でYCAMの皆さんの経験や知識に基づく仕事ぶりは毎回ものすごく勉強になることが多く感じています。」

作品では、師と弟子、講演者と聴衆、加害者と被害者といった、京都学派を取り巻く錯綜した関係を描き出し、VRによる登場人物への同一化を通して、歴史の再演を試みた展示―という内容の複雑さがあるため、展示会場の最後には、資料室が設けられています。京都学派四天王らが提唱したことばを遺した「中央公論」の見本誌も展示され、表紙から当時の雰囲気を窺い知ることができます。
資料室では、YCAMの地元、山口県と作品に出てきた登場人物との関係を紹介する展示も行っています。作品を鑑賞した後は、こちらでじっくり人物と歴史背景について深めることができます。

SIAFラボ スーパーバイザー 久保田さんのコメント
「ツーニェンさんの展示は、新しい作品であると同時に新しい展示のスタイルを現し、今の社会情勢を見直すきっかけを与えてくれるのではないでしょうか。展示の技術によって京都学派と空間の意味がリンクしていて、今現在の文化や社会的な状況と京都学派の考え方にもリンクするところを感じました。」

メディア・テクノロジーとの向き合い方、可能性について探究する「YCAM」とは?

今回は展示会場のほかにも、まだまだ奥深いYCAMの施設と機能について、講師のお二人に紹介していただきました。施設には市立図書館が併設されているほか、エントランスからすぐに吹き抜けの大空間があり、イベントや展示に使用するスペースになっているそうです。

レーザープリンターや3Dプリンター、基板制作ができる機械など、デジタルファブリケーションを実現する機材が置かれているスタジオだけでなく、バイオラボも設置され、ワークショップを通して市民の皆さんと技術を学ぶ機会を開いています。

伊藤さん「バイオテクノロジー(例えばDNAの検査など)が安価に扱えるようになったことで、クリエイティブな仕事をしている人たちが、それをどう扱えるのかを考え始めている、ということを2014年頃に知りました。YCAMのミッションとして、次の時代や次のテクノロジーへの理解を市民と一緒に深めていくため、バイオラボを設置しました。」

バイオラボを高原文江さん(照明デザイナー)にご案内して頂きました。

ラボには、液体を移動させるピペットやDNAを見るための装置など、バイオの基本的な実験ができる設備が整っています。最近は装置の小型化も進んでおり、研究者以外でも使えるような機材も売られているそうです。
YCAMでは、バイオテクノロジーのような技術と社会とを接続するための応用例を考えており、例として、森のDNA図鑑が紹介されました。

SCARTSテクニカルディレクター 岩田さんのコメント
「バイオラボと聞くと、奥まった人目に触れられないような場所に作られているイメージですが、中で何をやっているかが外から見えるガラス張りになっていているのは、バイオを扱っていることが「怖いこと」とならないように工夫されているんですね。ぬいぐるみが置かれているなどフランクな雰囲気ですが、きちんと室内を減圧するなど設備も整えられていて、市民とテクノロジーを安全に繋げているんだなと感じました。」

設備や装置だけでなく、山の稜線か波のうねりを思わせる建物の外観、ガラスで囲まれた中庭がある屋内空間には、制作と発表、アーティストや専門家と市民、技術と人のコラボレーションが生まれることへの期待や可能性が表現されていて、建築としても味わい深く楽しめるところも施設の大きな魅力だと感じました。

 

参加者からYCAMに質問コーナー

質問1「現代アートと、今まで融合してこなかった分野がコラボレーションすると面白いものができると思うんですが、これから、何か楽しいことは考えていますか?」

会田:YCAMは今年で開館18年目を迎えるわけですが、これまでとこれからを考えた時に、メディアアートは、アート業界だけでなく社会と接点を持つものではないかと感じています。メディアという言葉通りまさに中間に立っているので、さまざまな社会課題をアーティスティックに考えることが楽しいですし、これからも解決策を出していきたいと思います。

質問2「展示の紹介で、歴史を立体的に体験する技術が実現しているところに楽しさを感じました。例えば、社会的マイノリティをアートで解決するテクノロジーがあるとするならば、どんな可能性があると考えられますか?」

伊藤:《RAM》というダンサーの安藤洋子さんとの共同プロジェクトを例に挙げたいと思います。これは、モーションキャプチャ技術で人の動きを読み込んでコンピューターの中のキャラクターが動く仕組みを使っているんですが、わざと手や足の位置を入れ替えてプログラムしてみると、その動きを見た時に普段自分が認知している動きじゃないのが見えてすごく違和感を感じると同時に、新しい気づきがあるんです。例えば、障がいがある方の感覚を疑似体験しようとして、アイマスクをしたりするんですが、それだけでは本質に辿り着かないと思うんです。

会田:先ほど挙げたプロジェクトのように、アートの感覚を取り入れて、意外なところから解決策に辿り着くことができるのではないかと考えています。今すぐに解決する技術が実現できなくても、今は見えていないマイノリティについてイメージすることだって可能です。例えば2040年の東京では「子どもがいる家庭」というのが、世帯数でいえば1/6ということが予測されているそうです。少子高齢化の加速で子どもの存在そのものがマイノリティになりうることだってあるかも、と、考えてみたりすることで、今から課題を想定することも可能かも知れません。

山口市のYCAMから見学ガイドをしていただいた会田さん、伊藤さん、ありがとうございました。新作展示にYCAMが蓄積している技術がどのように展開されているか、そして、YCAMが大切にしている活動指針と存在意義に触れることができた貴重な時間でした。
設備や展示装置だけでなく建築としても魅力的なYCAM。ぜひその全貌を体験しに行きたいですね。

文:行天フキコ(SIAF部)