REPORT "Backstage Pass to NTT ICC / ONLINE"

2021年11月13日(土)、SCARTSxSIAFラボ アートエンジニアリングスクールのプログラムのひとつである、制作の裏側/バックステージを見学する「Backstage Pass(バックステージパス)」が開催されました。
レポーターは、室井宏仁さんです。

このプログラムでは、さまざまな施設で行われるアートの制作や展示について、その裏側(バックステージ)を知ることを目的に実施しています。4回目となる今回は、東京・新宿区にあるNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)をオンラインで訪問。ゲストに指吸保子さん(ICC学芸員)、上田真平さん(ICCテクニカルスタッフ/エンジニア)、畠中実さん(ICC主任学芸員)を迎え、今年10月30日から開催されている常設展『オープン・スペース2021 ニュー・フラットランド』の展示作品について解説して頂きました。SIAFラボからはスーパーバイザーの久保田晃弘さんが、現地から司会兼レポーターとして参加しました。
オープンしたての展覧会『オープン・スペース 2021 ニュー・フラットランド』にオンライン訪問した様子をレポートでお伝えします!

現代の『フラットランド』とはなにか?

NTT東日本が運営するICCは、日本の電話事業100周年(1990年)の記念事業として、1997年に東京オペラシティ内にオープンしました。2006年からは常設展『オープン・スペース』を実施し、先端科学技術を用いたメディア・アート作品や作家を紹介しています。昨年は新型コロナウイルス感染症により中止を余儀なくされたため、15回目となる今回は2年ぶりの開催となります。
実はこの『オープン・スペース』、2016年からは時流に合わせて、テーマを表すサブタイトルがつけられるようになったとのこと。今回の『ニュー・フラットランド』とは、19世紀に書かれたファンタジー小説『フラットランド』からつけられたそうです。この小説のストーリーは、二次元の平面世界に住む主人公が、本来見ることができない別の次元を巡っていくというもの。畠中さんはこれを踏まえ、メディア・アートを “世界の外側を想像することで次元を越えていくもの” ととらえます。そのうえで “現代はテクノロジーが発展し、異なる次元が簡単につながるようになっている。だが実際にはまた新しい別の制約ができて、僕たちはそれに囚われているのではないか。そういうことを考えてこのタイトルをつけました” と説明しました。

バーチャルと現実、それをみる自分

《スぺ―シャル・ペインティング》マヌエル・ロスナー

《マシュマロモニター》 [2002] 岩井俊雄

施設と常設展についての説明のあとは、さっそく展示室を巡るツアーに出発です。ロビー横のスクリーンがあるスペースで展示されているのは《スぺ―シャル・ペインティング》。ICCの展示室を3Dスキャンして得たデータから作った、バーチャル空間上の仮想のICCを舞台にした作品です。作者のマヌエル・ロスナーさんは、この仮想のICCで、現実には不可能な、空間を壊しながら広がっていく「彫刻」を創り出しました。鑑賞者は仮想空間とその中で展示される作品を、現実世界にいながら体験できます。仮想空間におけるアートとは何か、またそれらを創ったり、鑑賞したりするという行為は何を意味するのかを考えさせる作品と感じました。

その横で、ひときわ目を引く白い作品は岩井俊二さんによる《マシュマロ・モニター》です。オブジェに組み込まれたモニターには、波打ったりゆがんだりした自分の姿が映しだされます。
“これらのエフェクトは、外付けカメラで撮影した映像の送信方法を、リアルタイムで変えながら出力することで生まれています。作品側の応答をみることで、自分の動き方も変わっていくという、インタラクティブ・アートのお手本のような作品です” と、指吸さん。子どもの来館者に人気が高いというのも頷ける気がします。さらにこの作品、2002年に作られてから、同じコンピュータとOSで動作しているとのこと。畠中さんによれば、もともとは屋外などでの展示を想定して作られたためだそう。

感覚を研ぎ澄ます、伝える

《Lenna》 [2019] 細井美裕

リサーチ・コンプレックス NTT R&D @ICC
「触覚でつなぐウェルビーイング」

ツアーは奥に進み、ドアで仕切られた部屋の前へ。ここは音の反響を抑える素材で作られた「無響室」です。ICCでは1997年の開館当初から、展示室として使用されています。
久保田さんによれば “本来は音響特性を調べるための実験や測定で使われる無響室が、展示室として使用されるのは画期的なことだった” とのこと。
内部に入ると、音を吸収する素材でできた楔形のパーツが6面全てに配置され、さらに反響を最小限にするため金網が床に張り巡らされています。現在は細井美裕さんの《Lenna》の展示を、予約制で体験することができます。無響室での音響は、隣接するバックヤードのコンピュータで制御されています。ここでは「Max/MSPというアプリケーションから音楽再生時の信号を送り、同時に室内の照明も管理している」のだそうです。音響が極限まで少なくなった部屋で私たちの感覚はどう変わるのか、ぜひ実際に体験してみたいと感じました。

無響室の隣のフロアで展開されているのは「触覚でつなぐウェルビーイング」。NTTコミュニケーション科学研究所の渡邊淳司さんらによる研究成果が展示されています。今年のテーマは「触覚の情報を通信技術で遠隔地まで伝える」こと、さらにそれを通じて「ウェルビーイングを作り出す」ことです。一行は、さまざまな食材を切っている映像が流れるスクリーンの近くへ。ビデオを見ながら展示台の上のまな板に触ってみると、ものを切っている時の振動の感触が伝わり、あたかも自分が野菜や魚を切っているような感覚を味わえます。
“面白いのは、触覚と映像が相互に増幅し合うような感覚があること。触覚だけではただ振動しているということしかわからないが、映像があると実際に「切る」動作をやっているような、不思議な感じがある”(久保田さん)
この奇妙な感覚を生み出しているのは、まな板の下に設置されたアンプとメディアプレイヤーです。両者を同期させることで、まな板がスピーカーのような役割を果たし、音と振動が同時に伝わるようになっています。

人間が見る世界、生物が見る世界

《Non-Retina Kinematograph(非網膜映写機)》 [2017–] 齋藤帆奈

ツアーは順路を進み、ギャラリーBにある齋藤帆奈さんの《Non-Retina Kinematograph(非網膜映写機)》へ。これは粘菌という単細胞生物と、映画をスロー再生しているディスプレイから成る作品です。映画のフレームは、暗いところを好んで移動する粘菌の分布にしたがって再構成されています。同時に、粘菌の動いている様子も正面の壁に投影されています。つまり粘菌はこの作品を構成する素材であると同時に、その鑑賞者とも、また製作者とも言えます。
ポイントのひとつは、生物である粘菌は、映像が止まっていても動き続けているところ。そのため閉館時と翌日の開館時には粘菌の分布が変わり、前日と少し違うところから映像を再生することもあるそうです。“アーティストの思った通りに動かない生物を作品に取り込むことで、人間以外の生き物が世界をどう捉えているかに言及しようとしている” と指吸さんは言います。人間以外の視点から世界はどう見えるのかという問題意識は、まさに『ニュー・フラットランド』のテーマに合致していると感じます。

まとめ

最後に参加者からの質問に、現地の皆さんに答えていただきました。
質問「オープン・スペースは2006年から行われているということですが、使われているテクノロジーの変化はどんなものがありますか?」
久保田さん「メディアテクノロジーという観点からは、社会的に大きかったのは2008年のiPhone3Gだと思います」
指吸さん「インターネットに接続した生活が当たり前になった中で、作品制作は影響があったと思います。ただ、展示に使っている技術はそこまで変わってないかもしれません」
上田さん「以前97年に収蔵した作品を再展示する際に動作チェックをしたんですが、最近の作品と同じシステムで動いていることが分かりました。そこは僕らとしても面白い気づきでしたね」

ツアーを終えて、アートと科学技術の関係性は、もはや単なる展示の方法という枠にとどまらないと改めて感じました。技術を通して作られる新しい芸術の形に、今後も注目していきたいと思います。

文:室井宏仁


[補足情報]

SIAFラボとICC

SIAFラボのメンバー、小町谷圭と平川紀道は、アーティストとして、ICCで開催された展覧会に参加しています。また、SIAFラボスーパーバイザーの久保田晃弘もシンポジウムやトークイベントなどに参加されており、ICCとSIAFラボのメンバーは昔から良く知るといった関係でした。
下記にラボメンバーが参加した展覧会を紹介します。

小町谷圭が参加した展覧会やイベント
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/komachiya-kei/

平川紀道が参加した展覧会やイベント
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/hirakawa-norimichi/

久保田晃弘が参加した展覧会やイベント
https://www.ntticc.or.jp/ja/archive/participants/kubota-akihiro/